【不思議の国ベトナム】ベトナムの民間信仰と迷信は国家を滅ぼすことができると思う

はい、どーもこんにちは山本ナオヤです。
ブロガーは青春時代陰キャ説!対人スキル未知数の超社会不適合者!www

はい、と言うことで今回ですけども僕が不思議だと思うベトナムの民間信仰と迷信についてお話します。ベトナム人の民間信仰の信者は大変熱心で、国家を滅ぼす強靭な力を有するんじゃないかと思うくらいです。

僕はベトナムに来る前は、ベトナムは社会主義国なので国家宗教以外は、一般人の信仰や宗教は日本のように希薄なのではと思ってました。

ところが、ベトナムで生活してみるとフーコックですら派手なお寺やキリスト教会が観光地になるほどたくさんあり立派に建てられています。特にお寺にはベトナム人が頻繁に出入りしており熱心に拝んでいる姿が目に移ります。

しかも、各家庭や店、オフィスには必ずと言っていいほど”Ban Tho“(バントー)と言われるお神様を祀った台があります。僕の家にも最初からなぜか取り付けられていて、週に一回は果物やお酒のお供え物をして、線香を焚いています。

宗教のことなんで何も言えませんが、正直言うとネオンがキラキラして特に日が暮れると気味が悪いです。

しかもベトナムには「風水を司る先生」と言うのがいるみたいで、結婚・出産やビジネス・就職において先生の物申す通りに行うベトナム人も多いです。実際に、僕の友人も両親が慕う先生の助言によって結婚してしまったので驚きです!

それでは、実際僕がベトナムで生活して経験した少し風代わりなベトナム人の信仰体験談を聞いてください。

実はベトナム人が熱心にお参りするのは仏教やキリスト教ではなく聖者を祀る民間信仰だった。

僕が一番驚いたのは、ベトナムには仏教のお寺やキリスト教の立派な協会がたくさんあるにも関わらず、「聖者を祀る民間信仰」や「先生と呼ばれる水晶を操る迷信」の方に熱心だと言う事実です。

フーコックにも誰がどのような目的で広大な敷地に美しいお寺を建てたのかはわかりませんが、観光地にもなっているお寺がたくさんあります。

Ho Quoc Pagodaの写真

Cao Dai Templeの写真

ただ、これらのお寺に参拝するのは旧正月の前後でベトナム人の多くは家庭に死者の礼拝を祀って拝んでいます。家庭によって様々ですが、木材で作った大きな台を置いたりはたまた壁に取り付けただけの簡易なものだったりします。

これらの廟堂は店の反映や家の守り神という意味だけでなく、家族の幸せや恋愛成就、試験の合格など「現世の御利益」を祈るベトナム人が多いです。

これは世界でも稀にみる神道と言われる信仰に似ているからびっくりです。

ただ、「現世の御利益を願う」と言う意味合いだけみても日本人よりはベトナム人の方がはるかに強い信仰をもってますよ。

ベトナムで活躍する占い師(先生)の存在

日本も昔は、風水を信じて子供の名前や進路までを決める先生の存在があったみたいですが、今ではただの怪しい新興宗教みたいですよね。僕も一切占いの類は信じません。

ただ、ベトナム人は風水による占いを強く信じる傾向にあります。これまで僕が実際に経験した占い師による助言は多岐に渡ります。

たとえば、

結婚

結婚は人生においてベトナム人にとっても重大イベントの一つ。驚くことに大家族主義のベトナムでは娘や息子の結婚を家族が決める場合が多いようです。

僕の友人は、家族がどこかで占ってきたものによると「今年を逃すと32歳まで婚期の再来はない」と言う助言があったみたいです。そのため、知り合ってお互い3ヶ月しか経たないベトナム人の男性と結婚してしまいました。

後日談ですが、夫が結婚後すぐに浮気をしたみたいでした。現在は円満みたいだけど。笑

出産

出産においても占い師が登場してくるようですね。さすがに出産のタイミングなどコントロールできへんやろと突っ込みたくなりますが、「子作りの最適齢期」と言うのも先生はわかるみたいです。

ビジネス

ALLUVIAチョコレートさんの社長さんが熱心な迷信信者で、3号店のオープン日などを指南されました。重要なビジネス上の判断なども先生のご英断に任される方が多いようです。

もちろん土地や家の購入においては方向や方位など土地の大きさにまでケチをつける先生がいらっしゃるそうです。

僕はこのようなベトナム人の迷信信者に大きな危険性を感じることがあります。これって日本でいう「マインドコントロールによる支配」と似ており、先生が言うことは絶対であるという服従心から成り立っていますよね。

今のところ大きな問題はないみたいですが、強烈な霊媒師や占い師が指導者にたつと労働党一党の社会主義国ベトナムの国家転覆の危機に繋がるのではないかとさえ思ってます。

それは言い過ぎかもしれませんが、日本の「オウム真理教」のように偏った正義が結集すると国家を脅かす大事件に発展する可能性も無きにしもあらずといったところでないでしょうか?

→いずれにせよ、ベトナム人の民間信仰や迷信は外国人の僕にとってちょっと不思議だなと言う違和感です。

それでは、本日はこれくらいで終わろうと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です