【とある小さな会社の創業秘話】すべては一歩踏み出す勇気から始まった

はい、どーもこんにちは、山本ナオヤです。
特にやりたいことなんてなかった。ただ会社員としてやっていくにはあまりにも人生つまらなかった。

はい。ということで今回は、僕が起業を決断したときから創業時の挫折と辛かった時の思いを共有したいと思います。こういうのは深夜テンションでしか書けないので、コーヒー飲んで頑張ります。

特にやりたいことなんてない。ただフーコックに魅力を感じただけ

僕が起業宣言したのは2016年10月です。


食品業界の経験なんてないし、大学でちょっとかじった程度でした。ただ、フーコックが海鮮都市というのとリゾート地として大きな発展の可能性を秘めていました。ハワイとかプーケットとかバリ島とかに似てたし、ホテルの建設ラッシュをみてこれは絶対伸びると思いました。

その後は、もう直感で移住を決めて絶対成功してやるというというマインドでビジネスプランを考えました。できることからではなく、成功可能性の高いビジネスモデルでシーフード&お土産というプランでいくことを決めました。

ただそこからはものすごく大変でした。なんせ食品製造なんて未経験だからどんな機械が必要で、材料は何が必要なのかとか全然わかりませんでした。今思うと、本当に若気の至りで僕は何やってもできるんだという根拠のない自信だけがありました。

ただ、自信をもつというのはすごく大事で、大した成功体験がなくて馬鹿にされても「僕は日本の総理大臣になる」とか「ハリウッド女優と付きあう」くらいは口に出してもいいと思います。僕は「世界の70億人から頼りにされたい」と就活中も言ってたし今も口にできます。

ネットを駆使してひたすら独学する日々

起業当初はめっちゃ大変でした。まずはターゲットとなる製品を決めてからひたすら製造会社のホームページやYoutubeをみて製造方法を勉強しました。当初は、日本から業務用機械をオーダーして持ってこようと思ってましたが、見積額に驚いて断念しました。僕にはお金もありませんでした。

それからベトナム人の工業大学出身の子を紹介してもらい、ベトナムでせんべい作る機械とか焼成機を作ってもらえる会社を見つけました。3Dデザインとか詳細な設計書とかはもちろん書けなかったので、ビエンホアという所にある工場に何度も足を運びました。

2ヶ月以上かかって漸く納得のいくせんべい機械、焼成機とのし機ができた時は涙が出そうでした。

ただ、機械ができたというのはスタート地点に立っただけで試作品の製作もまた苦労しました。今度はベトナム、タイや日本で販売されている製品の原材料表示を見まくる作業です。それからはトライアンドエラーで調味料の量を少しづつ調整しました。

一番辛かったのは甘味料や着色料や保存料の記載でした。一言で甘味料と言っても数十種類もありどれを使用したらいいのかわかりませんでした。着色料や保存料に関しては皆目検討もつきませんでした。

ここだけは内緒にしたかったんですが、メーカーのふりをして日本で化学調味料を扱っている卸先に電話もしました。ごめんなさい。

そんなこんなでなんとか最初の試作品ができましたが、想定するイメージと違いすぎて泣きそうでした。携帯が水没して昔の写真が見せれないのが残念なんですが、唯一SMSの履歴から残ってたのがこちらです。ちなみにこれは全然うまく言ってる方で、最初はマジでひどかったです。

せんべいはつなぎを片栗粉と小麦粉を勘違いして、パリパリにならないし。マンゴーとかは色が不味そうで、何時間乾燥しても濡れてるしで散々でした。しかもオーガニックにこだわったら全然甘くなくまずいしで。

文字通り散々なスタートアップを経験しました。何をやってもうまくいかず、お金だけがどんどん無意味になくなっていくしでさすがに不安が募るばかりでした。

スラム街の平屋を借りて住居兼工場に

フーコックでもブルーワーカーの寮が密集している地域に平屋を借りて工場の拠点を作りました。水漏れは当たり前だし、水道管からは殺しても殺しても無数のゴキブリがうじょうじょいました。こんなプレハブに住んだこともなかったんで、激しく降る雨の音が火事と勘違いして避難しそうになりました。笑

不安で夜も寝られなかったんですが、僕は希望だけは捨ててなかったのでまだみぬ未来にワクワクしてました。

ちなみに今いるスタッフで、かれこれ創業以来の付き合いとなっている子とはここで会いました。明らかに見た目が外国人の僕が大量のイカやエビを外の水道でワタを抜いてるとみんな気になったようです。笑

起業準備期間から5ヶ月を経た2016年12月にPhu Quoc Sea Gift(フーコックシーギフト)が生まれた

この時覚えてるのが、もともと64kgあった体重が54kgまでに減少してました。ストレスを感じない性格ですが、この時は不安で食すら喉に通りませんでした。

さすがにこんな体重減ったことなかったんで、ネットで調べるとガンとか出てきたので一旦ホーチミンで精密検査を受けました。診断の結果、ただの栄養失調だったんですが。笑

大事でなければすぐにフーコックに戻って、2106年12月16日にPhu Quoc Sea Giftをリリースしました。今では卸売のみでチャネルができましたが、最初は工場直営店ということで実店舗のみで販売しました。

工場立ち上げ時に動画も友人に作成してもらったので、見てください。だいぶ綺麗に撮影されてますが、工員2名と僕の計3名からのスタートでした。

立ち上げ時は売上最低金額3250円という過酷な現実

立ち上げ時は卸売のオーダーももちろんなく、実店舗のみでの販売だったので売上最低金額が3250円という日もありました。

ただ、立ち上げ1週間でハノイで食品工場を経営している方が来店してくれ、投資したいと言ってくれたり卸売希望というバイヤーさんが来店してくれました。少なからず、25000円とか販売できる日もあったのでお客さんに価値を提供できているということに達成感を覚えました。

このビジネスは時流に乗ったものだし、僕には才能があるから絶対成功すると何を言われても思いつづけました。

日本人の観光客の方になんでこんなとこいるのとか、生活大丈夫なのとか言われることもあったけど絶対折れませんでした。

昔から変わらないもので、生来の負けず嫌いからかお前だけには絶対勝ってやると馬鹿にしてきたやつには心の中で思ってました。

色々な人を巻き込んで、フーコックで新しい小売店を創造する

ビジネスを立ち上げてからこの2年弱は、運転資金を使って走りつづけてきました。今では、食品工場と小売店2店舗、そして今年の6月には初のメガストアのオープンを控えています。

やっとプランクトンがイワシくらいになって注目してくれるようになってきたという段階です。イワシだからまだアジとか秋刀魚が登場するともちろん食われます。ただ、フーコックナンバーワンの小売に成長したという自覚はあります。

今でも勇気を持って飛び込むという姿勢は変わっておらず、商業規模の違う会社に積極的にコラボ案件とかを持ち込んでいます。その結果、まだ正式には発表できませんがベトナム産チョコレートで有名なALLUVIA社さんとのコラボ案件とか実現できそうです。

間違ってもシーフードチョコレートとかは作らないんで心配しないでください。笑

今後はまだまだどうなるかわからない状況だけど、やらないことで可能性を潰すよりもやって失敗した方がいいのでどんどん積極的に攻めていこうと思います。

まずは皆さんのサポートがあっての事業だと思っております。誠悦ながら、僕のことを応援して頑張ってねと言ってくれる方が幸いにもたくさんいました。

やっぱりベトナムという異国で日本人の方に励まされるとすごい嬉しいです。日本語シックになっているのでお話にきてくれるだけでも相当嬉しいです。海外住まいの方ならわかると思いますが、僕はたくさんのことを捨ててここに来ました。

僕が皆さんに与えられることって少ないかもしれないけど、僕が知っていることはこのブログで全部公開していきます。少しでも皆さんのご旅行の思い出が楽しいものになると僕も嬉しいです。

長くなりましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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